2017年4月23日日曜日

沖縄逆移住生活の始まり

8年半ぶりに沖縄に定住するために戻ってきました。

3月27日に沖縄の地を踏んでから、すでに4週間が過ぎようとしているが、いまだ新生活の充実のために動き回っている状況です。


沖縄独特の赤瓦屋根の古民家も残る。


南城市佐敷字屋比久(やびく)という集落。


新居はコンクリート造りの平屋。
(黄色い車の前、屋根に茶色の縁取りのある家)

長年住み慣れていた実家のある集落から、車で10分ほど離れた田舎の小さな集落に、築42年の小さな中古住宅を購入したので、その生活環境を整えているところです。

沖縄到着翌日に市役所へ出頭して、転入届(住民登録)のあと、国民健康保険、国民年金の再発行申請。
同日、役所の上下水道課で水道の開栓申請、電力会社へ電話にて通電の申請。

そして、沖縄では大事な事である「屋敷の御願(うがん)」 ・・・ うーん、これはなんて説明すればいいのか ・・・ 新らたに居を移して住む事になったら、まずその家や土地のお祓いをしなければならない(沖縄独特の風習)。
そのためには、それ独特の霊力(能力)を持った人に頼まなければならないので、その人を訪ねてお願いをしてきた。

3日目に携帯電話2台の確保(格安SIMの型落ちスマホ)5型の大きなものになった!
ホームセンターにて生活用品の買い集め ・・・ これが、いつまでも終わりそうにない。

夕方に霊力のあるお方(地元で評判のいい霊力者の女性)に屋敷に来ていただいて「屋敷の御願(うがん)」を始める。 僕は泡盛の一升瓶を持って、彼女のあとをついて歩き、指示された場所に泡盛を振りかけていく(大体、水気のある所 ・・・ 井戸や排水口、家の中の水回り ・・・ トイレ、ふろ場、洗面所、流し台など) そして、重い「気」のある部屋には湯呑に泡盛を注いで置いておく。
台所のコンロの近くに塩と味噌、泡盛の瓶を置き、その下には紙に、この屋敷の住所と、これから住む僕らの名前を書いて、これまでこの屋敷に関わってきた様々なモノに知らせるという儀式。

この儀式は、沖縄に住むにあたっては大事な事なので、3日目に済ませられたのは良かったと思う。
霊や霊力を信じる、信じないは別にしても、自分の親族や地域に住む人々からも、「何か」あったらそのせい(「屋敷の御願」をしなかったから)だと言われるので、やっておいた方がいい ・・・ 僕はそう思う。

さて、そんな大事な儀式も終わったし、電気や水道、湯沸かし器のための灯油も入れてもらったので、ライフラインは出来たと思うでしょうが、まだ新居に住む事は出来ない。 なぜなら足となる車がないのだ!
田舎の家、近くにスーパーがないので徒歩での食料調達が出来ない(笑)

1週間ほど、近くに住んでいる姉の車を借りて活動していて、5日目にやっと中古車店巡りに出かけて、近くでめぼしい車(10年未満中古で40万円以内)がなければ、中部方面(30km圏内)まで足を伸ばすつもりだったが、一発目の「与那原自動車整備センター」で「めぼしいヤツ」を見つけた(笑)


ダイハツ・ムーヴラテ(LATTE)
2007年式、39万円(2年保証を付けて41万円となった)丸っこいムーミン顔の可愛いヤツ!

4月10日納車、その場で任意保険加入 ・・・ これがね、8年半前まで加入していた保険を「中断証明書」付きで中断しておいて、10年以内に復活すれば、それまで続いていた無事故割引率を継続できるという制度を利用したので、20等級割引を継続できたのでラッキーだった。

懇意にしている保険屋の担当者が出発前と今回、親切にしてくれたのでできた事だと感謝している。

帰沖2週間後の4月10日より、やっと新居での生活がスタートした。


新居のリビング

2週間の間に環境を整えていたので、不便はなかったが「ホテルか民宿に泊まるような雰囲気だよね」と、Katrienと顔を見合わせて、お互いに笑ったものである。

さて、このブログは「ベルギー移住生活」から帰郷した僕の「沖縄逆移住生活」としてスタートします。

ベルギーでの8年半の生活のあと、今までとは視点の違う沖縄生活が出来れば「ベルギー移住をした価値があった」というものです。

ベルギーと日本、日本と沖縄、沖縄の田舎、生活の環境とは、生き甲斐とは、健康とは ・・・


少しづつ、僕の理想、希望を語りつつ、現実と向き合い、どう転がっていくのか、その経過を綴っていきたいと思っています。

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